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コンビニ前から始まる小さな無法地帯【25/4/3】

最近コンビニから灰皿が姿を消している。これを「時代の流れ」と見るか「一歩前進」ととらえるかは人それぞれだろう。確かに、灰皿を撤去することで喫煙スペースが減り、街中の空気が少しはマシになるような気もする。だが現実はそう単純ではない。

 

喫煙者というのは想像以上に自由な存在だ。居場所を奪われたからといってやめるわけではない。むしろさらに自由になる。車内で窓を全開にして吸う。かつて灰皿があった場所に立ち戻って吸う。どこでも気にせず火をつける。吸う理由も場所も自分都合、そして煙は周囲に撒き散らされる。結果として隔離していた頃の方がまだ秩序があったようにさえ思えてくる。

 

では、灰皿を撤去したことが悪手だったのか。違う。喫煙者が悪いのだ。堂々と「税金を払っているんだから」と言い放ち、マナー違反を正当化する。そんな理屈が通るなら、納税者はみな好き放題やっていいことになる。喫煙者はなぜか自分たちだけが特別だと思い込んでいるようだ。

 

吸い殻のポイ捨てが一部のモラルのない人間によるもの?いや、もう「一部」とは言えないだろう。コンビニの駐車場、コインパーキング、路地裏、ありとあらゆる場所が小さな灰皿と化している。条例で規制されているにも関わらず、守られる気配はない。看板が読めないのか、読もうとしていないのか、どちらにせよ文字は彼らの脳に届いていない。

 

いっそタバコという存在を段階的に社会から消すしかないのではないか。もはやこれは文化でも嗜好品でもなく、合法的に流通している依存物質であり社会にとっては有害なノイズ。移民政策よりも先にこちらの「内部問題」に目を向けるべきではないかとすら思う。

 

灰皿の撤去はきっかけであって問題の本質ではない。本質は社会のルールに従わず、自分の欲求だけを優先させる人々の存在そのものだ。そしてそれを放置している仕組みにもまた、同じだけの問題がある。そろそろ「配慮のない自由」に、終止符を打つ時が来ているのではないか。