体調はかなり悪い。どん底という言葉がこれほどしっくりくる日も珍しい。薬で無理やりごまかしているけどそのせいで近いうちに揺り戻しの二番底が来る気がする。
熱があるのかないのかもうよく分からない。ただ体は燃えるように熱いのになぜか手足の末端は氷のように冷たい。これは経験上体がこれから本格的に高熱を出しますよと、盛大にサインを出している時。かなりまずい状態にあるのはもう間違いない。
でも不思議と思考だけは正常。頭はクリア。まあこれもどうせ数時間前に飲んだロキソニンが無理やり理性を保たせているだけなんだろう。薬が切れたら思考も止まるはず。空も飛べるはず。
そんな朦朧とした意識の中で今日一日妙に気になったことがある。最近街中で米津玄師の『IRISOUT』がやたらと流れている。この前行ったちょっと小洒落た飯屋でも流れていた。その時例の歌詞の「ゲロ」の部分が店側の判断なのか有線放送の仕様なのかは知らないが食事時には不適切と判断されたらしくはっきりとした「ピー音」で被せられていた。まあ食事する場所だしそういう配慮も分からなくはない。
でもだ。立ち寄ったすき家では同じ曲が何事もなかったかのように普通にピー音なしで流れていた。「ゲロ」とはっきり。
この差は一体何なんだろう?
片方は食事中に『ゲロ』は不適切という自主規制をしもう片方は別に歌詞の一節だしそのままでいいだろと判断した。これは店長の裁量なのか?それとも企業としてのコンプライアンス基準の違いなのか? すき家はそういう細かいことを気にしない客層だと侮っているのかそれとも逆にアーティストの表現を尊重するロックな姿勢を持っているとでもいうのか。それとも単に流している有線放送のチャンネルが違うだけでそこに深い意味はないのか。
ああ、体が熱いしもう考えるのも怠い。日記ももうこんなもんだ。もし体調が万全だったらここから現代社会における自主規制と表現の自由についてあるいは企業のブランドイメージとBGM選曲の相関性について二転三転と話を膨らませる重厚なお話が書けたかもしれないのに。
まあ、うそ。体調が良かったとしてもたぶんすき家ロックだなくらいで終わってた。
やっぱ、熱で頭がおかしくなってるらしい。