世の中定期的にパンダで盛り上がることがある。子供が生まれたとか返還されるとかそのたびに大ニュースになる。でも冷めた目で見ている自分からすると不思議でたまらない。「そんなに、パンダって見たいか?」と本気で思う。極論を言えばパンダを見なくたって生きていく上で困ることは何一つない。「私パンダを見ないと呼吸ができなくて死んじゃうんです」なんて人は、絶対にいないはず。
ただ、私が言いたいのは「パンダなんて見るな」ということじゃないし週末に家族連れやカップルが動物園で楽しんでいる姿を個人的に攻撃したいわけでもない。彼らは純粋にエンタメを楽しんでいるだけだしその平和な光景に石を投げるつもりはない。
僕が投げかけたいのは「その背景にあるものを少しでも意識していますか?」という問い。あの動物が完全に「外交の道具」として利用されているという事実。「日中友好」なんて綺麗な言葉で飾られているけれど実態は巨額のレンタル料が発生するビジネスであり政治的な取引のチップだ。年間何千万円何億円というお金が「保護費」という名目であの国へ支払われている。生き物をモノや通貨のように扱い外交カードとして切るその神経もどうかと思うがそれ以上にそのシステムを無邪気に消費することへの危機感を持ってほしい。
ガラスの向こうのパンダを「可愛い」と愛でる時そこに「政治」というフィルターを一枚でも通して見ている人はどれくらいいるんだろうか。何も知らずにキャーキャー言っているその姿は相手国からすれば「ちょろい客」であり自分たちのプロパガンダが成功している証拠になる。我々が落としたお金が巡り巡ってあの国の資金源になり周辺諸国への強硬な姿勢を支える一部になっているかもしれない。厳しい言い方をすれば無自覚に楽しむことは間接的にその政治的振る舞いに賛同しているのと同じことになってしまう。
「たかが動物園で小難しいことを」と言われるかもしれない。でもその「何も考えないこと」こそが一番危うい。知った上で「まあ政治的な背景はあるけどそれはそれとして実物は可愛いよね」と割り切って楽しむならそれは個人の自由。けれど最初からその背景が存在することすら知らず考えようともせずに手放しで礼賛するのは、知的な怠慢でありある種の「加担」だ。
特定の国に対する文句は山ほどあるけれど今日はこのくらいにしておく。ただ可愛いアイドルの笑顔の裏にも動物園の檻の裏にも必ず綺麗なだけじゃない「大人の事情」がある。そのことを頭の片隅に置いておくだけでも世界の見え方は変わるはず。