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白い月【25/12/17】

ふと、真昼の空を見上げた時のこと。青い空にぽっかりと白い月が浮かんでいるのが見えた。「あ、月だ」と思ってしばらくぼんやり眺めていたんだけどよくよく目を凝らしてみるとそれは月じゃなくて遠くの建物の屋上に設置された白いパラボラアンテナだった。衛星放送を受信するあのお皿。

 

なんだ月じゃなかったのか。盛大な勘違いをしてしまったわけだけど別に誰かに「月が出てるよ」と教えて嘘をついたわけでもないし一人で勝手に間違えて一人で勝手に気づいただけだ。誰にも迷惑はかけていないし恥ずかしい思いもしていない。ただ僕の記憶の中に「アンテナを月だと思った」というどうでもいい風景の記憶だけが静かに残った。なんだかこういう取るに足らない勘違いと記憶の積み重ねこそが人生の手触りって感じがする。

 

人生と言えば最近『megabonk』というゲームにハマっている。いわゆる『ヴァンパイア・サバイバーズ』系の大量の敵をなぎ倒していくローグライクゲームなんだけどこれがまた人生の縮図みたいで面白い。何が人生かというとそのシビアさだ。このゲーム序盤の立ち回りがうまく行かないと途端にすべてが崩壊する。開始数分で敵の処理が追いつかなくなってあっという間に圧殺されてゲームオーバーになることなんてザラだ。その場の状況に合わせて臨機応変に対応できる能力が問われる。

 

でも実力だけじゃどうにもならないこともある。麻雀で言うところの「配牌」が悪すぎたりレベルアップでアイテムを自模ってもろくな選択肢が出なかったりする。 強化が欲しいのに回復アイテムや移動速度アップばかりが出てくるような「運に見放された」回はどんなに足掻いてもジリ貧になって死ぬ。努力や技術では覆せない圧倒的な不運というものがそこには確かに存在する。

 

そうやって何度も理不尽なゲームオーバーを繰り返していると、ふと思う。「ああ今現実世界で自分がこうして生きているのは本当に奇跡なんだな」と。大きな病気もせず事故にも遭わず社会的に詰むような失敗もせずここまで生き延びてこられたのは、たまたま序盤のビルドがうまくいってたまたま良いアイテムをツモれてたまたまゲームオーバーになるような致命的な敵に囲まれなかっただけなのかもしれない。

 

これがいわゆる「生存バイアス」ってやつだろう。生き残った者だけが「努力すればなんとかなる」とか「人生は素晴らしい」と語ることができる。でもその足元には配牌が悪くて開始数分で散っていった無数の可能性が転がっている。画面の中のキャラクターが敵の波に飲み込まれて消滅するのを見ながらつくづくそんなことを感じる。

 

アンテナを月だと見間違えても笑って済ませられる平和な午後。それ自体がとてつもなくラッキーな「当たり回」を引いている証拠なのかもしれない。コントローラーを握り直し次こそは良いスキルが引けますようにと祈りながらまた新しい人生を開始する。