恥ずかしながら今の今まで勘違いしていたことがある。指の関節の位置だ。てっきり、指の付け根つまり拳の山になる部分が第一関節だと思い込んでいた。そこから指先に向かって第二、第三と進んでいくものだと。
体の中心心臓に近い方を「1」とするのが自然な順序だと思っていたから。でも正解は逆だった。指先の一番近くにある関節が「第一関節」。そこから体に向かって第二、第三と数えるのが正しいルールらしい。
これ言われてみれば納得できる材料はあったのだ。たとえば二の腕という言葉。あれは「一の腕(手首から肘)」の次にあるから「二の腕(肘から肩)」なわけでつまり体の末端から中心に向かってカウントアップしていく法則が日本語にはある。そのロジックを指に当てはめれば、当然一番端っこが「1」になるはず。自分の体なのにそんな基本的な座標すら把握していなかった無知を知った。まあ言い訳をさせてもらうなら日常生活で「第三関節が痛くて」なんて言う機会はまずないし間違えて覚えていても困ることはなかったのだけれど。
でもこういう体に関する位置情報の混乱って意外と多い気がする。一番厄介なのが「右と左」だ。対面している相手に「体の左側を見て」と言われた時一瞬思考がフリーズする。 それは僕から見た(相手の)左側なのかそれとも相手にとっての(心臓がある方の)左側なのか。医学や解剖学では基本的に本人基準(患者基準)で考えるけれど日常会話や写真を見る時は見たまま(観察者基準)で話すことが多い。この二つの基準が脳内で衝突してどっちの左?と確認する無駄なタイムラグが生まれる。鏡を見ている時なんてさらにややこしい。美容師さんに右側短くします?と聞かれたら鏡の中の右(実像の左)なのか右耳側なのか賭けに出るしかない時がある。
「うつ伏せ」と「仰向け」もそうだ。漢字を見れば伏せる(下を向く)と仰ぐ(上を見る)で意味は明快なんだけどいざパッと言われるとどっちがどっちだっけ?と一瞬だけ脳内検索をかける自分がいる。自分の体という一番身近で24時間一緒にいるはずの乗り物なのにその操作マニュアルやパーツの名称を驚くほど雰囲気でしか理解していない。 指の第一関節の位置を正しく知ったところで明日からの生活が劇的に変わるわけじゃない。けれど自分の指先を眺めてここが1番かと認識し直す作業はなんとなく自分の体の解像度を少しだけ上げたような不思議な満足感があった。
とりあえずこれからは突き指をした時に自信を持って第二関節ですと医者に言えそうだ。