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名前について【26/1/19】

今回の選挙戦における野党第一党と公明による連携そして彼らが自らを「中道」と定義してラインを引いたことについて強烈な悪質さを感じている。

政治において言葉の定義は武器。彼らが自分たちの立ち位置を勝手にど真ん中(中道)だと宣言することでそこから少しでも外れた意見を持つ大多数の人々が自動的に「右寄り」や「極端な人たち」という枠組みに放り込まれてしまうからだ。

 

これは議論を深めるためのポジショニングではない。単なるレッテル貼りであり自分たち以外を異端視させるための卑怯な罠。基準点を恣意的にずらすことで本来は穏健な保守層やリベラルな層までをも偏った人たちに見せかける。比較第一党という責任ある立場の政党がこうした社会を分断させるような手法をとるのは禁じ手ではないだろうか。 国民を統合するのではなく「あいつらは右だ」「あいつらは過激だ」と指差すための基準を作るなんて政治の劣化もいいところだ。

 

そして何よりその連携や運動につけられた名前が最悪。具体的な名称は口にするのも憚られるがその響きには右派に対しても左派に対してもそして有権者に対しても敬意が感じられない。

中道を謳いながらその実は「自分たちが正義の基準である」という傲慢さが透けて見えるからだろうか。右にも左にも失礼だというのはそれぞれの思想を持って真剣に国を考えている人たちを単なる座標軸の端っこに追いやる行為だからだ。

 

今は現在進行形の渦中にいるから誰もこの状況を客観的に総括できない。けれど近い未来歴史がこの時代を振り返った時この強引なライン引きはどう評価されるのだろうか。

社会の分断を決定づけた愚策として記録されないことを祈るがあの名前を見るたびに、どうしようもない不快感が胸に残る。