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「回す」会話の息苦しさ【26/2/5】

人と話しているとその人が普段どんなメディアに触れているかが透けて見えることがある。

特にバラエティ番組ばかりを観ている人の話し方は独特。相手の話が終わる前に食い気味に被せる。無理にテンポを上げようとする。そして単なる雑談のはずなのになぜかその場を回そうとする。

テレビの画面内であればそれは編集上の正解かもしれない。けれど一対一の対面でそれをやられると会話はただの音のぶつかり合いになり中身はぐちゃぐちゃになって霧散してしまう。そもそもプライベートな雑談で回すとは一体何なのだろう。

 

そんな違和感から逃れるようにラジオというメディアの持つリズムに惹かれている。テレビ的な話し方が情報の押し売りだとしたらラジオ的な話し方は余白の共有。

優れたラジオのパーソナリティは相手の話を最後まで丁寧に聴き一拍置いてから言葉を返す。その静かな相槌や言葉の合間にあるわずかな沈黙こそが会話に深みと安らぎを与えてくれる。話が本当に上手い人というのは往々にしてラジオを嗜み言葉の引き際を心得ているものだ。

 

対面での会話は番組制作ではない。互いに気持ちの良い温度感を探り相手の言葉を自分の身体に通してから相槌という名の報酬を返す。そんな当たり前のキャッチボールが今の加速しすぎた世界では贅沢なものになりつつある。

回すことに必死になって目の前の相手をゲストや置物にしてしまっていないか。 自戒を込めて自分の会話のテンポを一度リセットしてみたい。

 

テレビの騒がしさを消し心に小さなラジオを置くような気持ちで。

相手の話にじっくり耳を傾け心地よいリズムで相槌を打つ。そんな聴くことから始まる会話こそが2026年のギスギスした日常を少しだけ柔らかくしてくれる気がする。