無意識のうちに進化というものを下等から高等へと階段を登るような一方通行の物語として捉えてしまう。けれど生命の歴史という長大なテープを早送りしてみればそこにあるのは行進ではなく迷走に近いUターンの連続。
その象徴がクジラやリクガメ。約5000万年前パキケトゥスという犬に似た四本足の動物が食料というフロンティアを求めて母なる海へと引き返した。陸上という既得権益(?)を捨て再び水中適応を選んだその決断。
さらに驚くべきはリクガメ。彼らは「海→陸→海」と辿った末にさらにもう一度やっぱり陸がいいと再上陸を果たした。
「海→陸→海→陸」
この往復チケットを使い切るような節操のなさこそが絶滅という崖っぷちを回避し続けた生命の真髄なのだろう。
この生命のダイナミズムを眺めていると翻って現代の僕たちの生き方がいかに正解という一本道に縛られているかを痛感する。一度始めたキャリアは最後まで全うすべきだとか一度決めた社会システムは維持すべきだとか。そんな硬直した思考の横をリクガメたちは二度のUターンを経てのんびりと通り過ぎていく。
「あっちがダメなら、こっちへ戻ればいい」
そんな軽やかな生存戦略が今の僕たちには決定的に欠けているのではないか。
未来の進化に通行止めはない。環境が激変すればクジラの子孫が再び陸を闊歩しあるいはトビウオがコウモリのような翼を手に入れて空の住人になる日も来るかもしれない。 そこにあるのは高みを目指す設計図ではなくただ「今、ここ」を生き抜くための泥臭い適応だ。
生命が何十億年も続いてきた最大の武器はその時々の最適解を選び取る柔軟な裏切りにある。
次に動物園や水族館で彼らを見たときはその背中に刻まれた迷走の歴史に敬意を表したい。一本道の階段を登ることに疲れたら僕らもまたかつて捨てた場所へUターンする勇気を持ってもいいのかもしれない。