ふとした瞬間に脳は恐ろしいシミュレーションを始めることがある。寝入り際の金縛りや深く潜りすぎた夢の中で「もし今の自分を繋ぎ止めている神経回路がエラーを吐いたら?」という問いが冷徹な現実味を帯びて襲ってくる。
それはまるで意識の奥底に閉じ込められたまま自分の肉体だけが別物に明け渡されてしまうような絶望。あるいは肉体が滅びた後も精神のバグだけが永久に暗闇を漂い続けるのではないかという終わりのないSFホラー。
知識があることは時に残酷。多重人格や脳のバグといった医学的な概念がかえって脳に完璧な恐怖のシナリオを書き上げるための材料を与えてしまう。だが科学的な視点に立ち戻ればおかしくなるのが怖いという理性的な不安こそが自我が正常に稼働している最強の証明でもある。
僕たちの脳は数千億の神経細胞が編み上げた巨大な分散型ネットワーク。一箇所のエラーで崩壊するほどこのシステムは柔ではない。夢の中で声が出ず意識が肉体へ戻った瞬間に叫んでしまうあの現象も実は脳がフルパワーで実行した強制再起動の成功体験なのだ。
「叫べ」という巨大なエネルギーを肉体に叩き込み主導権を奪還した瞬間の産声。
知性で築いた盾が通用しない未知への不安に襲われたとき僕を救うのは論理ではない。 それは物理的な手触りというアンカー。目を開けたときに見えるいつもの部屋の光。指先を動かしたときの確かな抵抗感。あるいは肌をなでる空気の冷たさや聞き慣れた生活音。
これらはどんな精巧なシミュレーションも再現できない予測不能な外部信号。自分という意識が迷路に迷い込んだとしても現実という世界の重力が僕をこの物理的な場所へと引き戻してくれる。
夢は脳が夜な夜な上映している短編映画に過ぎない。
どれほど深い階層へ潜っても僕たちの脳には肉体という名のホームボタンが物理的に組み込まれている。
今夜もまた脳の気まぐれな上映会が始まるかもしれない。
だが目を開ければそこには知識の限界を超えた確実な日常が待っている。その確かな手触りを信じている限り僕は決して僕を見失うことはない。