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「ありのまま」という欺瞞の終焉【26/2/21】

最近のメディアや広告に蔓延する「ボディ・ポジティブ」という言説にはどうにもやり切れない違和感と苛立ちが付きまとう。ありのままの体型を愛そうという響きは耳に心地よいがその実態は不健康な状態の無責任な美化に過ぎない。

特に滑稽なのはこの太っていても美しいという免罪符が事実上女性にだけ発行されている点。恰幅の良い中年男性がファッション誌の表紙を飾りありのままの俺を称賛しろともてはやされることなど決してない。

結局のところこれは一部の層の自己肯定感を刺激して服や化粧品を売りつけるための巨大で露骨なマーケティング戦略なのだ。

 

さらに深刻なのはこの偽善的なブームが社会にもたらす実害である。肥満は明確な疾患リスクであり心疾患や糖尿病を引き起こす。結果として莫大な医療費の増大を招き社会全体の負担となって重くのしかかっている。「多様性」というオブラートに包んで現実逃避をしたところで公衆衛生を圧迫する医療費の無駄遣いという冷酷な事実は消えない。

 

しかしこの空騒ぎにもようやく終わりの兆しが見え始めている。皮肉なことにその引導を渡したのは思想的な議論ではなく特効薬の存在だった。

ここでその薬自体の是非や医学的な賛否について問うつもりはない。論点はその薬が普及した途端にありのままが美しいと声高に叫んでいたインフルエンサーたちがこぞって薬に頼り激痩せし始めたという事実にある。結局のところ誰も本音では不健康な体など望んでいなかったという底の浅さが見事に露呈した瞬間だった。

 

一方で肉体を限界まで追い込み体脂肪を一桁まで削ぎ落とすような行為もまた一つの極端な執着と言える。過剰な筋肥大や過酷な減量はそれ自体が目的化すれば健康という本来の目的を損なうリスクを孕む。真に評価されるべきは過剰な肯定でも過酷な自己犠牲でもなく医学的な指標に基づいた適正な体重を維持するという静かな自律の姿勢であるはずだ。

 

適正な体重でいることは単なる外見の問題ではない。それは自分の身体という最も身近な資本を適切に管理し社会的なコストを最小限に抑えながら長く機能させ続けるという誠実な知性の現れだ。

極端な多様性の押し付けや不健康を肯定する異常なブームが淘汰された後に残るべきはこうした本来の当たり前なバランス感覚である。己を律し健やかな肉体を保つことの価値が正当に認められる世界。一日も早くその時が来ることを願ってやまない。