最低賃金が2倍になったところで食料品も同じように2倍になっていれば生活の質は実質的に何も変わらない。しかし数字だけが膨れ上がるインフレーションの渦中で不思議なほど動きの鈍い指標がある。家賃だ。卵や牛乳が次々と最高値を更新し固定資産税もしっかりと引き上げられているというのに住居費だけがかつての水準に留まっているように見える。
これを「もともとの家賃が高すぎたからだ」と切り捨てるのは早計であろう。現実はもっと構造的で法的な硬直に起因している。
日本における借地借家法は、借り手の保護に極めて強力な重きを置いている。一度結ばれた普通借家契約において貸主が物価高だからという理由だけで家賃を2倍に引き上げることは事実上不可能に近い。正当事由という高い壁が賃貸市場を市場原理から切り離された一種の聖域に変えている。
しかし貸主側の負担は増す一方だ。修繕費の暴騰、人件費の上昇そして何より所有しているだけで削り取られる固定資産税。この不均衡が続けばこれまでの慣習は脆くも崩れ去るだろう。その先に見えるのは「定期借家契約」のデフォルト化である。
デフレが長く続いた時代、貸主にとって最大の恐怖は空室であった。出て行ってほしくないがゆえに貸主は常に下手に出て条件を緩めてきた。だがインフレ下では安すぎる家賃で居座られることこそが最大のリスクへと反転する。更新を前提とせず期間満了とともに契約が終了する定期借家であれば貸主は時代の物価に合わせた適切な価格再設定が可能になる。
これからは貸主と借主の力関係が逆転する。かつての借り手市場の恩恵に浸り更新を当然の権利と考えていた時代は終わりを告げるのかもしれない。市場の荒波から守られてきた家賃という最後の防波堤が決壊したとき住まいのあり方はよりドライでより市場直結型のシビアなものへと変貌を遂げる。
2026年の今、その地殻変動はすでに足元で始まっていると思う。