ドラえもんの『海底鬼岩城』が42年の時を経てリメイクされる。
1983年の公開からこれほどの歳月が流れた事実に改めて時間の重みを感じる。公開初日に足を運ぶのは難しいかもしれないが一つの物語が40年以上のスパンで語り直されるという現象そのものに抗いがたい魅力を覚える。
1100年前の物語をジブリが再解釈した『かぐや姫の物語』に比べれば42年など歴史の瞬きに過ぎないのかもしれない。しかしドラえもんという作品は現行のコンテンツとして常に呼吸を続け世代を更新している。古典の再生とは異なり今を生きる子供たちがかつての大人たちと同じ物語の骨格を共有し現代の技術でアップデートしていく。その連続性の中にこそこのシリーズの特異性がある。
さらに40年後、2066年頃にリメイクのリメイクが作られる可能性を想像すると奇妙な高揚感が湧いてくる。その時自分はまだこの世界に存在しスクリーンを見上げているだろうか。1964年の東京オリンピックをリアルタイムで目撃した人々が2021年の大会をどのような眼差しで見つめたのか。その感覚もきっとこれに近いものだったのかな、なんて。
かつての熱狂を記憶の底に抱えながら新しく塗り替えられる現実を重ね合わせる。その視線の交差には単なるノスタルジーを超えた文化と生命のサイクルへの畏怖が含まれている。物語は形を変えながら生き残り肉体はやがて滅びていく。それでも自分が愛した断片が未来へと引き継がれていくという確信は今を生きる微かな希望にもなり得る。
40年後のリメイクを夢想しながら今はただ新しく描かれる海底の世界を静かに待ちたい。それまで健やかでいられるかどうかは誰にも分からないが物語が続く限り未来への好奇心が枯れることはないはず。