一ヶ月前に綴ったあるコスプレイヤーへの憂鬱。
その直感はこの一ヶ月の狂騒が証明してしまった。連日のように繰り返される炎上。
もはや手が付けられない領域に達しており性格という言葉では片付けられない人間の本質の歪みが露呈し続けている。かつての擁護者たちが一人また一人と去り残されたのは塗り固められた嘘とそれが剥がれ落ちる音だけ。
「勉強していないから著作権のことがわからない」という言葉。
他者の著作物(キャラクター)を借りて表現するコスプレという土俵に立ちながらその根幹をなすルールを放棄する不遜さ。さらにAbemaでの対談においてひろゆき氏に「万博コスプレだけで炎上した」という嘘を即座に見抜かれ突っつかれる様はもはや喜劇ですらあった。
「ルールは武器ではない」などという実体のない言葉で著作権から逃げようとする姿勢に対話の余地など残されていないことを確信した。
一切の謝罪をせずただ己の正当性を強弁し続ける強靭な無神経さ。
数年後この日記を見返したときにあの騒動は何だったのかと首を傾げるかもしれないが今この瞬間に漂っているのは知性の欠如ではなく誠実さの欠如に対する強烈な拒絶反応。
著作権を扱う者がわからないと口にすることは自らの立脚点を自ら破壊する行為に等しい。
一ヶ月後もきっと同じような景色が広がっているのだろう。歪んだ自己愛と現実の乖離が埋まることはなく新しい燃料が投下され続けるだけ。しかしもうそれを追いかける手段も気力も失われつつある。炎上の熱気すら届かない場所まで距離を置くこと。それがこの泥沼の観劇を終えるための唯一の出口なのかもしれない。