会社から家へと向かういつもの道。そこには決まった時間に必ず現れる巨大な障害物がある。
中央線のない細い道に陣取る一台のトラック。すぐ近くに広い駐車場を備えたコンビニがあるというのになぜわざわざこの狭い場所を選んで休息と称する停車を続けるのか。 その身勝手な選択のしわ寄せはすべて後続のドライバーへと投げられる。
対向車がいなければ素通りできるが一台でも来ればトラックの後ろで足を止め機を待たなければならない。一回につきわずか数十秒あるいは数分のロス。
だがこれが数年という月日をかけて積み重なればそれはもはや単なる偶然ではなく精神をじわじわと削り取る微細な不条理へと変質する。チリが積もって山となったそのストレスは今や帰宅時の平穏を確実に汚している。
さらにその光景をより醜悪にしているのはドライバーの振る舞いだ。
立ち小便に窓から平然と投げ捨てられるゴミ。公共の道や誰かの畑を自分の庭か何かと勘違いしているかのようなその無神経さ。畑の所有者が直接文句を言わない限りこの状況は変わらないという諦念が余計にこの地味なストレスを重くさせている。
誰にも解消する手段がないという無力感。
当事者でない以上声を上げる資格すらないのではないかという自問自答。法やマナーを軽視する者が最も弱い善意の通行人から時間を奪い続けている。
この固定化された風景に風穴を開ける術を持たないまま今日もまたそのトラックの後ろでブレーキを踏む。日常に埋め込まれた小さな棘は抜けないまま今日も確実に心に摩擦を与え続けている。