スピカぴかぴかましゅまろパクパク

日記(のようなもの)を毎日更新!!

境界線の向こう側と、未練のスタッドレス【26/3/10】

雨の降る灰色の空の下に橋の向こうからやってくる車たちが屋根に不釣り合いなほど厚い雪を載せている。

この場所はただの冷たい雨なのにわずか数キロ先の異世界では冬が最後の手を振っているのだ。埼玉のこの極端なまでの局所的な天候。それはまるで見えない境界線の向こう側だけで白い絵の具をぶちまけたかのよう。雪を載せた車たちは冷たい雨の降るこちら側へ迷い込んできた異邦人のように見え一瞬のすれ違いの中に冬の残り香を漂わせてる。

 

足元のスタッドレスタイヤに意識が向く。正直なところ今シーズンはこのタイヤの真価を発揮させる場面がほとんどなかった。決して安くない投資をして手に入れた雪道への備えがただ乾燥したアスファルトの上を削り無意味な走行音を響かせるだけで終わろうとしている。

安全のための保険なのだから使わずに済むのが一番いいのは分かっている。分かっているのだが一度もそのポテンシャルを発揮させずに物置へ仕舞い込むことへの道具に対する奇妙な申し訳なさが消えない。

 

せっかくのスタッドレスなのだから一度くらいは本物の雪をグリップさせてやりたいという衝動。これはもはや合理性とは無縁の領域。

来週には気温が15度近くまで上がり春の嵐が冬の残像をすべて吹き飛ばすという予報が出ている。スタッドレスがゴムの柔らかさを露呈しふにゃふにゃとした頼りない接地感に変わる前に最後の一仕事をこの道具に与えてやるべきではないか。そんな身勝手な理屈が脳内で静かにしかし確実に膨らみ続けている。

 

いっそこのまま関越道を北上してしまおうか。雨の境界線を突き抜けワイパーが雪を弾くリズムが加速する場所へ。シャーベット状の路面をタイヤが噛みステアリングを通して伝わってくる独特の抵抗感。それを全身で受け止めることで私の中の冬を儀式的に完結させたい。

効率や燃費といった無味乾燥な数字を捨てタイヤの機能を100%使い切ったという満足感を得る。それは春の陽気に心置きなく身を投じるための自分勝手な、しかし必要な落とし前のような気がしてる。

 

暗い雨空の下ガソリンを満タンにする自分の姿が容易に想像できる。誰に頼まれたわけでもない自分と道具のためだけの短い逃避行。それは春が来る前の最高に贅沢で愛おしい無駄になる。