NetflixでWBCを観ていると広告なしプランであってもイニング間には律儀にCMが差し込まれる。
しかしそこに不満はない。むしろ画面端に表示されるカウントダウンの秒数が緊迫した試合の合間のトイレ休憩を正確にガイドしてくれる親切なタイマーのようにすら思えてくる。問題はその幕間に流れる銀行のCMでの三兄弟のやり取りだ。
海外帰りらしき長男が日本のレジで堂々とペソを差し出し弟に呆れられる。その長男役を演じているのは木村拓哉。設定上どうしても拭いきれない違和感が付きまとう。木村氏は現実には53歳。もはや兄弟というよりは若々しい父親かあるいは年の離れた叔父といった世代感だ。
CMの演出上彼はどこか浮世離れしたあるいは永遠の30代のような瑞々しさを求められているのだろう。しかしハイビジョンや4Kという残酷なまでの高画質は彼の肌に刻まれた50代相応の深みや隠しきれない重厚なオーラを鮮明に映し出してしまう。30代の入り方で演じれば演じるほどその設定上の若さと実年齢の説得力が激しく衝突し視聴者の脳内に微細なバグを引き起こす。これがキムタクパワーによるゴリ押しなのかあるいは彼という偶像が背負わされた老いてはいけないという呪縛なのか。
かつて私たちはテレビの中のスターを設定された役柄のままに受け入れてきた。しかし情報の透明性が増し誰もが即座に演者の実年齢を検索できる現代において53歳の30代役はもはやファンタジーの領域だ。ペソで支払おうとする時代錯誤な兄のキャラ設定以上にそのキャスティングの無理そのものが今のデジタル決済の利便性を説くCMの中で皮肉にも最大のアナログな歪みとして機能してしまっている。
それでも彼が画面に映ればついその一挙手一投足を追ってしまう。違和感を覚えながらも目を離せないその引力こそがスターの正体なのかもしれない。