野党による内閣不信任案や委員長の解任決議案。
あれはもはや実効性を伴う矛ではなく政治的なパフォーマンスとしての定型文に成り下がっているのではないか。出したところで否決されるのは目に見えているし失敗した側に何らかのペナルティがあるわけでもない。結局審議時間を浪費して仕事をしてますというポーズを支持者に見せるためだけの空虚な時間が過ぎていく。
高市政権が圧倒的な民意を得て発足したばかりのこの時期に過去の失敗を顧みない野党しぐさを繰り返す彼らを見ていると政治の停滞を招いているのは誰なのかと問いたくなる。
政治の駆け引きがどれほど不透明な議論に終始しようとも自分の肉体はもっと正直。
この数ヶ月のブランクは振り返れば実に長い言い訳の積み重ねだった。
12月は体調不良、1月は腰痛。そして2月は寒さと慣れに負けた純粋なサボり。
体重が去年と同じ数値まで戻ってしまった事実は甘えを許さない客観的なデータとして目の前に突きつけられている。だがようやく再開したトレーニングで握るバーベルの重みや翌日にやってくるじわじわとした筋肉痛の感覚はどこか心地よい。
筋肉痛が気持ちいいと感じるうちはまだ追い込みが足りない証拠。本当に筋肉を使い切った後のあの動かすことすら億劫になる絶望的な疲労感。そこまで辿り着いていないということは今の自分には伸びしろしかないということ。
政治の空転とは違い筋肉は負荷をかけた分だけ確実に反応し細胞の記憶を呼び覚ましてくれる。再スタート。目指すは体脂肪率10%という研ぎ澄まされた領域。
重力と筋肉の関係は常に透明で決して裏切ることがない。不確かな議論に時間を費やすよりも自らの身体という設計図を確実に書き換えていく実務に没頭したい。伸びしろを楽しみながら一歩ずつ着実に昨日までの自分を超えていく。