昨日の続きになるが日本野球が出力を求める方向に舵を切ればその代償としてトミージョン手術を受ける野手は確実に増えていくはず。
ショートやサードそしてキャッチャー。深い位置からの送球や盗塁阻止といった極限のパフォーマンスにおいて強大化した筋肉が叩き出すエネルギーを肘の靭帯という細い組織が受け止めきれなくなる。
結局のところ靭帯の強度はトレーニングで肥大させることのできない生まれ持った才能の領域であり出力のインフレが進むほど生身の肉体が構造的な限界を迎えるのは必然の帰結なのかもしれない。
特にキャッチャーにおいてのトミージョン手術で復帰が困難とされる背景には捕手特有の投球メカニズムが深く関わっている気がする。投手のように全身のバネを使い長いスライドの中でエネルギーを分散させる余裕が捕手にはない。座った状態あるいは立ち上がりざまの短いステップで腕の力に頼ってクイック送球を繰り返す。この全身を使えないという制約が肘へのストレスを局所的に集中させてしまう。
さらにキャッチャーは毎投球ごとに低い姿勢でキャッチングを行い常に肘や肩に微細な衝撃を受け続けている。修復が追いつかないまま一気に断裂へと至るリスクは他の野手よりも格段に高いと思う。
ここで興味深いのは同じく打つ・投げるに近い動作を繰り返すテニス選手において側副靭帯の完全断裂という致命傷が野球ほど目立たない点。
テニス肘などの慢性的な障害は多いが野球のピッチャーのような一撃での破綻が少ないのはラケットという道具を介して衝撃が分散されることそして何よりボールを握って投げるという回内・回外の強烈な捻り動作が少ないことが理由だろう。
野球の送球は重いボールを指先に引っ掛け肘を支点にムチのようにしならせる。このしなりこそが出力の源泉であり同時に靭帯を破壊する元凶でもある。
結局、怪我を防ぐためのヒントは全身への分散。
しかし野球という競技の特性上、特に内野手や捕手には体勢が整わない中での部分的な出力が求められる場面が多すぎる。どれほどスクワットで下半身を鍛えデッドリフトで体幹を固めても最後の一押しを肘に頼らざるを得ない瞬間、靭帯という消耗品のカウントダウンは進んでしまう。
人類が高出力という神の火を手に入れようとするならば同時にその熱に耐えうる人工靭帯やあるいはバイオメカニクスに基づいた絶対に壊れない投げ方の再定義が必要になるのかもしれない。