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無意識の憧憬【26/3/20】

高校時代、電車の窓越しに繰り返された数秒間の定点観測。

加速する景色のなか通り過ぎる公園でひとり空気を切り裂くように拳を突き出す人影。 

それは毎日決まった時刻に決まったルーティンとしてそこに刻まれていた。別に滑稽に思えたわけでも殊更に感銘を受けたわけでもない。ただ世界の歯車のひとつが正確に回っているのを確認するかのように「ああ、今日もあの人はあそこでシャドーボクシングをしている」と、淡々と受け止めていただけの記憶。

 

今にして思えばあれは単なるエクササイズを超えた求道的なトレーニングだったのかもしれない。

本格的なボクサーが周囲の好奇の視線をあえて浴びることで雑念を削ぎ落としリングという孤独な戦場へ向かうための精神を研ぎ澄ましていたのではないか。人目に晒されることを雑音ではなく背景へと変える訓練。車窓から眺めていた私はその修行の風景を彩る名もなき観客の一人に過ぎなかったのかもしれない。

 

と、そんな断片的な記憶を掘り起こしながらふと自分の現状に視線を戻す。 

自分にはボクシングという選択肢はない。視力を手に入れるために眼内に挿入したICLは劇的な利便性と引き換えに頭部への物理的な衝撃というリスクを完全に排除することを私に強いている。あの公園の主が磨き上げていた打撃の世界は私の人生という設計図においては侵入を許されない聖域。

 

右肩の負傷を抱えバーベルすら握れない今の停滞した時間のなかでなぜあの無名のボクサーの姿を思い出したのか。

それは毎日決まった時間に誰に賞賛されるでもなく自らのルーティンを遂行し続けるという継続の純粋さへの無意識の憧憬かもしれない。

打撃はできずとも自分には自分の戦場がある。今はただ痛む肩を労わりながらいつかまた正確なルーティンへと戻れる日を待つ。

窓の外を通り過ぎていったあの背中が今もどこかで変わらぬリズムで拳を突き出していることを、ふと、願ってしまう。