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「民泊」【26/3/21】

最近のニュースに触れ記憶の底に沈んでいた修学旅行の断片が当時の湿り気を帯びて浮かび上がってきた。

それは長崎の離島での「民泊」という今思えば極めて特異な時間だった。初日の集団行動、長崎の街を見学し旅館で一泊する。そこまでは誰もが思い描く修学旅行の型をなぞっていた。

しかし二日目以降、数人の班に分かれて島民の生活へと放り込まれた瞬間から旅の色彩は一変した。電波さえ届かない孤島。デジタルという外部との繋がりを強制的に断たれた私たちは期せずして剥き出しの自然と島という閉鎖的な共同体のなかに置かれることになった。

 

その島は私たちが上陸する前、悲劇に見舞われていた。漁船の事故。失われた島民の命と直前まで続いていたであろう遺体収容の作業。

島の空気は私たちが持ち込んだ旅行という浮ついた熱量を一瞬で吸い込むほど重く深く沈んでいた。当然のようにアクティビティはすべて中止、許されたのはただ三日間静かな海に向かって糸を垂らすことだけだった。

釣果を競うわけでもなくただ時間を潰すように海を見つめ続けた記憶。それは体験学習という名目を超えた何かに服喪するかのような奇妙な静寂の時間だった。

 

不穏な予兆は旅の終わりまで付きまとった。最終日本来予定されていた基地の見学は、遠く離れたアメリカの基地で起きた銃乱射事件の余波によって呆気なく白紙となった。

自衛隊や基地の重厚な現実を垣間見るはずの機会は失われ残されたのは自力で福岡空港を目指すという唐突でそれでいてひどく現実的な移動のミッションだけだった。

飛行機で来たはずの旅路がどうやって終わったのか。雲を抜けて帰路についたのかそれとも陸路を辿ったのか。細部の記憶が曖昧なのは修学旅行全体を覆っていたどんよりとした空気が記録すべき感情のシャッターを閉ざしてしまったからかもしれない。

 

誰もが多くを語らずただ目的地へと運ばれていく集団。予定されていた楽しみがひとつずつ削ぎ落とされ代わりに島の死や海の冷たさそして世界の不条理な暴力という不在だけが積み重なっていった旅。

高校生という多感な時期に経験したあのデジタルデトックスの果ての虚無感は今の自分に何を残したのだろうか。ただ一つ確かなのはあの日静かな港で海を見ていた数日間の感触がどんな華やかな観光地よりも深く私の無意識の底に澱のように溜まっているという。

それは楽しかったとは口が裂けても言えないが決して忘れることのできない人生のなかの一つの空白としてそこにあり続けている。