ナビダイヤルの不条理にはもはや怒りを通り越して虚無感さえ覚える。
高い通話料を払わせながら待たせ続け挙句の果てに値上げ。解約や手続きのすべてがネットで完結しないこの状況はもはや嫌がらせのレベル。
そんなデジタルな不全感を振り払うようにこの3連休1000kmという気の遠くなるような距離を走り抜けた。
夜の新東名。120km/hという国内最高速の看板は甘美な誘惑だが実際に走ってみればそこは巨大なトラックたちがひしめき合う物流の動脈という名の戦場だった。
アクセルを踏み込み時速120kmを維持したところで到着時刻に刻まれる短縮はわずか10分程度。その微々たる対価のために神経をすり減らすくらいならいっそ制限速度が低くかつての本線であった東名を選び静かに距離を消化すべきだったのではないか。そんな後悔が冷たい空気とともに胸に去来する。
帰宅後、その道程を記録した12時間の車載映像をPCに流し込む。
しかしここでもまた別の戦いが始まった。
HDRで記録された鮮烈な光と影。その情報を正しく書き出すためにはGPUによるハードウェアエンコードの恩恵を受けられずCPUによる愚直なソフトウェアエンコードに頼るしかない。
画面に表示された予想時間は50時間以上。PCが発する微かな熱とファンの回転音だけが部屋の静寂を支配している。
久しぶりの編集作業ということもあり設定の詰めが甘かった。音声の収録レベルや細かなカメラ設定。現場で忘れていた数々の作法がエンコード中のプレビュー画面を通して私に静かな反省を促してくる。
1000kmの旅路の色を塗る試行錯誤。
それは道なき道を切り拓くような気の遠くなるようなしかしどこか没頭できる贅沢な無駄なのかもしれない。
50時間後私の目の前に現れるのはあの夜の風の音かそれとも10分を惜しんで加速した自分の焦燥か。