脚トレを終えた瞬間、世界は一変した。
重い扉を押し開け外に出た瞬間に襲ってきたのは筋肉の疲労というよりも中枢神経が物理的に焼き切れたような機能停止の予感だった。
階段、一段下りるたびに膝が自分の意志を無視してガックンガックンと折れ曲がる。
それはもはやトレーニングの成果を噛み締める余韻ではなく重力という名の暴力に抗えない生物としての敗北に近い。
「脚トレから逃げるな」という言葉はフィットネス界隈では聖書の一節のように崇められている。
だが本気で追い込んだ後のあの足元のおぼつかなさは普通に考えれば生命の危機。
帰路、不意に力が抜けて転倒しそのまま大事故に繋がる可能性を考えれば逃げることには十分すぎるほどの合理的理由があるのではないか。そんなもっともらしい言い訳を脳はフル回転で生成し続けている。
皮肉。バーベルを担いでいる最中にはあんなに沈黙していた脳が終わった途端に次回、いかにしてこの地獄を回避するかという逃走経路の策定には驚くほどの明晰さを発揮する。
これを隣人の声だと思いたいが紛れもなく自分自身の生存本能が必死に鳴らしている警報。脚が動かなくなるという事態は日常のすべてを麻痺させる。
今、布団の中でこれを書いているが明日の朝、果たして自分の脚は地面を捉えることができるのだろうか。それとも貴重な休日をベッドの上で肉体の修復作業という名の虚無に捧げることになるのか。
暗闇の中でまだ微かに熱を持っている大腿四頭筋の鼓動を感じながら未知の目覚めへの恐怖が眠りを遠ざける。スクワットの深淵を覗いた代償は安眠さえも奪い去っていく。