プロ野球のトップ選手たちのあの鋼のようなあるいは爆発的なエネルギーを秘めた体つきを眺めているとそこには単なる努力では埋められない残酷なまでの環境の差を感じざるを得ない。
彼らの肉体は最高峰のトレーニング施設と厳選された食材そしてそれを支え続ける莫大な金銭的リソースの集積体。所属するチームの設備、専門の栄養士、そして何よりそれらを享受できる環境を選び取れるかどうかがプロへの門扉を叩くための絶対条件となっている。
その根源を辿れば行き着くのは家庭環境という子供にはどうすることもできない運命の配分。日本人の平均的なタンパク質摂取量は欧米諸国と比較してもあるいはアスリートとしての理想値から見ても明らかに不足している。
成長期の土台を作るはずの学校給食でさえ栄養バランスの美名の下で肝心のタンパク質量は驚くほど控えめだ。ここで食育という名の知識そして肉や魚を惜しみなく食卓に並べられる経済力がなければどれほど天賦の才能を持って生まれたとしてもその芽は物理的な栄養不足によって摘み取られてしまう。
スポーツは突き詰めれば金がかかる。
良質なプロテイン、遠征費、道具代、そして身体を大きくするための食費。
これらを先行投資として迷いなく投じられる家庭に生まれたかあるいはそれを見出してくれる運命的な指導者に出会えたか。才能という種に適切な肥料と水を与え続けられる環境が揃って初めて、あの160km/hを投じ、150mを飛ばすバケモンたちは誕生する。
結局のところトップレベルのスポーツとは個人の資質に家庭の資本力と時代の運が掛け合わされた極めて確率の低い奇跡の結晶なのだ。
自分がジムでプロテインの摂取量に悩みパスタのタンパク質を計算しているような微々たる試行錯誤の裏側でエリートたちは幼少期から盤石な経済基盤の上で肉体を設計されている。
その埋めがたい格差を思い知らされるたびスポーツの華やかさの裏側に潜む静かな選別の厳しさにため息が出たりする。