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退屈な麦茶【26/4/6】

HIKAKINが麦茶をプロデュースし「既存の麦茶は退屈だ」とぶち上げた。

長年麦茶を相棒としてきた側からするとその物言いには拭いきれない違和感が残る。

 

麦茶とはそもそも日常に溶け込み渇きを癒やすための飲み物だ。派手さではなく気づけばいつもそこにあることに価値がある。そんな究極のスタンダードを「退屈」と切り捨てる姿勢は話題作りとしては強くても消費者の共感まで勝ち取れるのかは怪しい。

 

数カ月後スーパーのワゴンで「1円」のラベルを貼られたそのボトルが皮肉にも本当の意味でSNSを賑わせる。そんな光景まで想像できてしまう。話題性という劇薬は時として商品の価値そのものまで蝕む。

 

そんな冷ややかなことを考えている横で春の微風が頬を撫でる。今朝から始まったあの独特の目のしょぼしょぼ感。スギが去り関東を支配し始めたのはヒノキという次の刺客。

ニュースでは飛散のピークと報じられ街は目に見えない粉塵で満たされている。

 

それでも不思議なことに今年のダメージは例年よりかなり軽い。

もちろん今年の花粉そのものがハズレ年なのかもしれない。だがそれだけでは片づけたくない変化が身体の内側で起きている気もする。この一年トレーニングと並行して積み重ねてきた腸内環境の改善。発酵食品、食物繊維、そして栄養管理の積み重ね。それらが免疫の暴走を少しずつ抑え花粉という外敵に対して過剰反応しない身体を作っているのではないか。

そんな期待を抱きたくなる程度には今年の自分は安定している。

 

退屈だと切り捨てられたいつもの麦茶を飲みながらかゆみを最小限に抑えている自分の粘膜を労る。

派手さはない。だが日常をきちんと支えてくれるものは案外こういう退屈の側にある。

 

コントロールできない自然現象とある程度はコントロールできる自分の身体。その境界線の上で今年はかつてないほどの静かな安定を感じている。

ヒノキの嵐が過ぎ去るまでこの腸内という名の要塞を守りながら来たる初夏へ向けて淡々と整えていきたい。