シェイカーという小さな宇宙にも絶対に逆らえない法則がある。
それは「水が先、粉が後」だ。
粉を先に入れてから水を注ぐ。一見すると合理的に見える。だが現実は甘くない。底に張り付いた粉はどれだけ激しく振っても解けない頑固なダマとなり飲み心地を徹底的に破壊してくる。
その失敗を何度も繰り返した末にようやくたどり着いたのが「水を先に入れる」という結論だった。
ところがこの黄金律にも別の代償がある。
今度は水面に落ちたプロテインの粉がふわりと周囲に飛び散るのだ。
ダマを避ければ掃除が増える。快適さを選べばひと手間がついてくる。
この小さな矛盾に今日も台拭きを手にしながら静かにため息。
そんな日常の些細な摩擦とは別に今日はもうひとつ身体の側から無視できないサインが出ていた。
高レップで追い込んだデッドリフト。
その代償が翌朝になってくるぶしの前あたりの痛みとして現れた。
本来デッドリフトは足裏で地面をしっかり捉え下半身から上半身へ力をつないでいく種目のはずだ。それなのに末端に近い場所が痛む。この違和感には嫌な予感があった。
おそらく疲労の中で重心が前に流れていたのだと思う。
無意識のうちにつま先寄りに乗りわずかに背伸びするような形になっていたのかもしれない。
そう考えるとこの痛みは単なる偶然ではなくフォームの乱れが残した痕跡のようにも思える。
もちろんただの筋肉痛なのかそれとも関節まわりに余計な負担をかけた結果なのか今の段階では断言できない。ただこういうときに感じるちょっと怖いという感覚は案外あなどれない。
身体は壊れる前にたいてい小さな違和感で警告してくる。
だから今は無理に答えを出そうとせずこの部位を刺激しすぎないことを優先したい。
修復に必要なのは気合いではなく静けさなのだと思う。
次にデッドリフトをするときは足裏の三点――踵、親指の付け根、小指の付け根――できちんと地面を捉える感覚を取り戻したい。脚から生まれた力を逃がさず、そのままバーへ伝える。そんな当たり前のことが疲れたときほど難しくなる。
プロテインをダマなく溶かすことさえ毎回きれいにはいかない。
ましてや自分の身体を思い通りに使いこなすことはそれよりずっと難しい。
それでも失敗のたびに原因を探し少しずつ修正していくしかない。
今日のくるぶしの痛みもまた身体を使いこなすための「デバッグ」の一部なのだろう。