映画館の売店に立つとポップコーンの香ばしい匂いが漂ってくる。これから映画が始まるという高揚感もあって本来ならあの時間はちょっとした幸福のピークであるはず。だがその日、私の前に現れたのは映画ではなく認証地獄だった。
PayPayでさっと支払うつもりが画面には無情にもログインの文字。電話番号を入れワンタイムパスワードを受け取りさらにYahoo!IDだのパスワードだのと次々に入力を求められる。
背後には列はない。しかし急かされているわけではないのに、あの待たせている感は妙に人を追い詰める。長すぎる」と心の中でつぶやきながらあっさりPayPayを見限り楽天ペイへ避難した。ほんの数分の出来事だったはずなのに体感では予告編一本分くらいの長さに感じられた。
帰宅後、落ち着いてからこの問題を片づけようとしたが話はそこで終わらなかった。
記憶にあるパスワードをいくつか試してみてもことごとく拒否される。仕方なく再設定の流れに進み誕生日を入力しSMSで届いたURLを開きようやく変更画面へたどり着く。
そこで表示された条件は「英数字、大文字・小文字を含めてください」という見慣れたはずの文言だった。
ここで嫌な予感がした。もしかしてパスワード自体を忘れていたのではなく入力のしかたが微妙にズレていただけではないか。試しにこれだったはずという元のパスワードを入れてみる。すると画面はこう告げた。
「現在使われているパスワードと同じものは設定できません」。
要するにパスワードは最初から合っていたのだ。間違っていたのは記憶ではなく入力時の大文字小文字や記号の扱いだった。求められている型に合わせて入れ直すとあっけなくログインできた。
だったら最初の入力画面の時点で「大文字を含めてください」くらいもう少し分かりやすく示してくれてもよかったのではないかと思う。不親切なインターフェースはユーザーに自分が間違っているのかもしれないと無駄に思い込ませる。
それにしてもなぜあの会計の瞬間に限って認証が切れていたのか。不意のログアウトほど日常のリズムを乱すものはない。便利であるはずのデジタル決済は認証が一つ外れただけで一瞬にしてただの板に戻る。その脆さを最後に埋めるのは結局こちらの忍耐と再設定という名の徒労である。
あの売店で味わった焦りは下手なホラー映画よりよほど心臓に悪かった。