オムロンの音響通信モデル。検温が終わると鳴る電子音をスマートフォンのマイクに聴かせるというあのひと手間。最初はアナログとデジタルが妙に融合した仕組みに少しだけ未来っぽさを感じていたはずだった。
だが現実はそんなに優雅ではない。日々の生活の中で体温を測るたびにスマホを手に取り、アプリを開きマイクの位置を合わせる。その作業は一回あたり数秒にすぎない。それでもその小さな摩擦は確実に積み重なりじわじわと習慣を削っていった。気づけば検温そのものから足が遠のいていた。
結局めんどくさいは強い。どれほど立派な健康管理の目的があってもその感情ひとつで簡単に無効化される。
このままではまずい。そう思って出した答えは体温計に約8,000円を払うことだった。Bluetooth対応でただ測るだけで記録まで終わる。意識の外側で完結するこの自動化された平穏を買ったのだ。
体温計に8,000円。数字だけ見ればなかなか強気な買い物に見える。だがこれは単なる買い替えではない。相手にしているのはずぼらな自分という最も扱いづらい変数。その対策費だと思えばむしろ筋が通っている。
意志の力に頼るのをやめる。システムと道具に任せる。自分の弱さを認めたうえで金で解決する。冷静に考えるとかなり合理的で少し冷徹ですらある選択。
結局のところは便利さを金で買った。
それは最近のテーマパークが長い待ち時間を短縮する権利を売っているのとたぶん本質的には同じ。時間と精神的な余裕を通貨で交換する。その是非はともかく少なくともその価値を認めた。
8000円を惜しんで習慣を失うくらいなら払ってでも続けられる仕組みを作るほうがいい。健康管理は気合いで続けるものではなく続いてしまう状態を先に作ったほうが勝ちなのだと思う。
新年度が始まり確定申告ではたかが1万円の書類に振り回されたばかりだ。だからこそ今回の8,000円はただの買い物ではなく少しばかりのリベンジでもある。もう記録漏れや手間に負けたくない。テクノロジーという執事に任せて朝の数秒脇に銀色の棒を挟むだけでいい。
ずぼらな私を8,000円の電波が静かにしかし確実にコントロールしてくれる。その快適さに今はただ安堵している。