最近目に見えない敵にじわじわと追い詰められている。
夜、暗闇の中で眠りに就こうとすると猛烈な痒みが眼球を襲う。掻いてはいけない。その理性があろうことかまつ毛を抜くという歪んだ代償行為へと転化する。鏡を見るのも億劫になるレベルのストレス。目に見えない微粒子に文字どおり肉体も精神も削られていく。
この見えない敵は寝室に限った話ではなかった。筋トレにも同じ性質の厄介さが潜んでいる。
110kgをクリアした流れで次は120kg。順当な挑戦に思えたがバーベルは床に貼り付いたまま一切動かない。ならばと115kgに下げる。それでも変わらない。さらに112.5kgまで落としても結果は同じだった。一度も浮かない。
重量の更新どころかボリュームさえ稼げないまま終了。このやってしまったという感覚と空費した時間に対する虚無感だけが残る。
厄介なのは筋肉自体に強烈な疲労があるわけではない点。まだ動けそうな感覚がある。にもかかわらず出力が出ない。
壊れているのはエンジンではなく配線のほうかもしれない。
いわゆる中枢神経系の疲労。筋肉が無事でもそれを動かす信号が鈍れば結果は何も起きないという形で現れる。花粉が目に見えずに症状だけを残すようにこの種の疲労もまた数値や見た目には現れにくい。ただ持てるはずの重量が何事もなかったかのように動かないだけだ。
自分の体でありながら制御できない。あの感覚は妙に静かでだからこそ不気味。シムシティならエラーログの一つでも吐いてくれるが現実の肉体は沈黙をもって限界を告げてくる。
見えないものほど厄介。
花粉症の症状もトレーニングの停滞も本質は同じ構造をしている。
目に見えない限界点との戦い。無理に抗うより炎症を抑え神経を休める局面だろう。筋肉痛がないから問題ないという話ではない。この出力不足という事実をまず受け入れる必要がある。
まつ毛も重量も積み上げは振り出しに戻る。見通しが戻るまでしばらくは地味な作業が続く。