最近の朝は日本放送協会のラジオを流すことから始まる。
民放のような賑やかなCMに思考を寸断されることもなく淡々と進行するそのトーンはまだ完全に覚醒していない頭にちょうどいい。その静けさの中でひとつ興味深い事実に気づいた。
どうやらNHKには「ゴールデンウィーク」という言葉を使わないルールがあるらしい。リスナーからの投稿に「GW」と書かれていてもアナウンサーはそれを「大型連休」と読み替える。特定業界の宣伝用語を避けるという姿勢なのだろうがその徹底ぶりには、言葉を扱う側としての妙な律儀さを感じる。単なる言い換えのはずなのにその裏にはどの立場から語るのかという意思が滲んでいる。
もうひとつ気になったのは情報の入り口へのこだわりだ。リスナーの投稿を紹介する際それがファックスで届いた場合には必ず「ファックスでいただきました」と添えられる。メールが主流となった今その一言をあえて加える理由は何なのか。
単なる形式かもしれないしまだ現役で機能しているという事実を静かに示しているのかもしれない。あるいはデジタルに完全には適応していない層にとってファックスが今なお社会との接点であり続けていることを放送側も理解しているのだろう。
実際、仕事の現場を見渡せばファックスはいまだにしぶとく生き残っている。正式にはファクシミリと呼ばれるこの装置も気づけばファックスという呼び名のほうが当たり前になった。商標なのか一般名詞なのかそんな定義すら曖昧なまま日常に溶け込んでいる。
デジタル化の波は確かに世界を変えた。それでも紙と回線というアナログな手触りを持つ仕組みは完全には消えない。むしろ必要とされる場所にしつこく残り続ける。
ラジオの向こう側から届く落ち着いた声はそんな現実を誇張もせずただ淡々と伝えてくる。言葉の選び方ひとつ情報の伝え方ひとつ。その積み重ねの中に変わるものと変わらないものの境界が静かに浮かび上がっている。