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再起動のタイミング【26/5/7】

大型連休という長いシステムダウンを終え日常というメインフレームへ再接続した朝。

そこで最初に表示されたステータスはあまりにも最悪だった。

腰痛の再発。スクワット110kgへの挑戦以降不安定になっていた腰椎周辺が休暇明けというタイミングを狙ったように再び悲鳴を上げ始めた。

 

サポーターによる固定。ロキソニンによる痛みの抑制。それらでどうにか稼働を維持していたシステムがここへ来てまた不具合を吐き始めている。

だが今回、本当に厄介なのは腰だけではない。右脇の下、広背筋周辺に居座る鈍痛。

筋トレをした記憶もない。つまりこれは努力の結果として訪れる筋肉痛ではない。理由がわからないまま痛むという事実が単なる肉体的な問題以上に精神を削ってくる。

 

人間は原因がわかる痛みにはある程度耐えられる。しかしなぜ痛いのかわからないという状態はそれだけで不安を増幅させる。湿布で誤魔化しながらも頭の中では何もしていないのになぜ、明日もこのままならどうする?というノイズが回り続ける。

 

そして厄介なことに肉体の不調はそのまま精神へ波及する。
病は気からというより実際には病が気力を削り取る。

 

ジョギングは中止。筋トレも中止。今日やるはずだった計画はすべてキャンセルというログに書き換えられた。活動量は落ち消費カロリーも伸びない。

そうなれば体重管理の手段は食事制限へ寄るしかない。しかし動けないうえに食事の自由まで削るのはメンタルへの負担が大きすぎる。

 

ここで無理にやらなければと焦るとさらに壊れる。
だから今は何もしないを戦略として選ぶしかない。

 

以前18時間近い睡眠で睡眠負債を一気に返済したように今は回復そのものをタスクとして扱う段階。不具合を抱えたハードウェアを無理に動かすのではなく一度停止させ、自己修復プロセスへリソースを回す。

 

もちろん不安は消えない。明日も痛むかもしれないし原因がはっきりしないまま長引く可能性もある。それでも身体にはホメオスタシスという強力な復元機構が備わっている。完全ではなくとも人間の身体は想像以上に戻ろうとする。

 

今必要なのは根性でも気合でもない。
回復を邪魔しないこと。

 

不自由になった瞬間に初めて身体の価値が見えてくる。何も考えずに歩けること。重りを持てること。走れること。そのすべてが実は当たり前ではなかった。

だから今は暗闇の中で再起動のタイミングを待つ。