明日は休み。
差し迫った問題もない。心を強く揺らすような不安材料だって見当たらない。それなのに意識だけが頑なに沈もうとしない。身体は疲れているはずなのに脳だけが妙に冴え渡っている。
窓の外を見れば黒かった空が少しずつ青みを帯び始めている。夜明けが近づいていることだけがわかる。眠れないまま時間だけが進んでいくあの感覚は何度経験しても奇妙だ。
結局、手はスマートフォンへ伸びる。
指先だけが機械的に動き意味のあるような、ないような文章を打ち続ける。
アウトプットと呼べば少しは格好がつくが実態は単なる時間潰し。眠気が来るまでの空白を埋めるための形のないノイズの放流でしかない。
以前、睡眠負債を一気に返済したことがあった。あの時はシステムが強制終了を受け入れるだけの限界に達していたのだろう。しかし今は違う。身体は横になっているのに、脳だけがアイドリングをやめない。
花粉症の薬で頭がぼんやりしていた時期とも違う。スクワット後の腰の違和感で神経が過敏になっていた夜とも違う。今ここにあるのはもっと静かでもっと説明しづらい種類の覚醒。
そして厄介なのはなぜ眠れないのかがわからないことだ。
人間は原因がわかっている不調にはある程度耐えられる。仕事のストレスなら仕事、痛みなら痛みと敵の輪郭が見えるからだ。だが正体不明の不眠は違う。理由のない覚醒は自分の脳そのものが勝手に暴走しているような感覚を生む。
昔、自我の崩壊や脳のバグみたいなものに漠然と怯えた夜があった。今の恐怖はそれほど激しくはない。ただもっと静かで輪郭が曖昧。部屋の音、スマホの光、遠くの車の走行音。日常を構成しているはずの要素が、静寂の中では逆に孤独を際立たせてくる。
Apple Watchの睡眠スコアもこの状態では何の慰めにもならない。ダイエットのように「摂取−消費=結果」という単純な相関で説明できる世界ではない。数値化されたデータは存在しても主観的な苦しさまでは整理してくれない。
だから結局、文字を打ち続けるしかない。
意味があるのかもわからない文章をただ流し続ける。その行為だけが今この瞬間、自分を現実へ繋ぎ止めている。完全な静寂に飲み込まれないための小さな抵抗。
やがて窓の外が青く染まり始める。
夜は終わりまた日常というシステムが起動する。
眠れなかった事実だけを抱えたままそれでも人間は朝を迎えてしまう。
そのどうしようもない仕様に今日も静かに付き合っていくしかない。