頭の中にいる自分はいつまでも昔の姿のままだったりする。
特に高校生くらいの頃の身体感覚は妙に基準として残り続ける。鏡を見ても脳は都合よく補正をかけるから自分ではそこまで大きく変わったつもりがない。
だからこそ不意に撮られた写真に驚かされる。
他人のカメラで切り取られた自分は脳内のイメージよりずっと大きかった。
あれ自分ってこんなにガタイがいいのか
その違和感はちょっとしたショックに近い。頭の中ではもっと細くもっと軽い感覚のまま止まっている。しかし現実の身体はちゃんと質量を持って存在している。
冷静に考えれば当然ではある。
今の除脂肪体重は高校時代の体重に近い。つまり当時の身体そのものに近い重量の筋肉をすでに積んでいる状態だ。そこにさらに脂肪や水分が乗れば見た目の厚みが増えるのは当たり前。
特に筋トレを続けていると太ったというよりデカくなる。
本人は日々少しずつ変化しているから気づきにくいが写真は容赦なくその結果を固定してくる。
だから最近ただ痩せるという感覚ではなく余分な部分だけを削るという意識に変わってきた。
ここまで積み上げてきた筋肉は簡単に減らしたくない。むしろ守りたい。問題はその上に乗っている余分な脂肪のほうだ。
筋肉を残したまま不要な部分だけを落とす。
言葉にすると簡単だが実際にはかなり地味な作業になる。毎日の食事、活動量、睡眠。その積み重ねを少しずつ調整していくしかない。
そして最近ようやくわかってきたのは毎日の体重を気にしすぎても意味がないということ。
体重は水分でも動くし食事でも変わる。短期の数字だけを追っていると精神のほうが先に疲れてしまう。
だから今は一週間単位でアンダーカロリーを維持できているかを見るようにしている。
今日だけ頑張るのではなく淡々と小さな赤字を積み重ねる。その考え方に変えてからかなり気持ちが安定した。
映画館のポップコーンみたいなものだ。
ひとつまみでは何も変わらないように見える。でも気づけばバケツは空になっている。
ダイエットも同じで急激な変化ではなくいつの間にか変わっていたが本来の形なのかもしれない。
写真に映った今の自分は確かに昔より大きかった。
でもそれはただ太っただけではなく長い時間をかけて身体を作ってきた結果でもある。
だから焦らない。
必要なのは全部を壊すことではなく余分な部分だけを静かに削っていくことだ。
あとはもう小さな引き算を続けるだけなのだと思う。