スピカぴかぴかましゅまろパクパク

日記(のようなもの)を毎日更新!!

熊と人間の境界線。【26/6/9】

最近のニュースを見ているとどうにも扱いに困る話題が多い。

 

政治の話はなるべく触れたくないのだが首相周りの誹謗中傷問題を見ているとどこか釈然としないものを感じる。

もちろん誹謗中傷そのものは良くない。しかし一方でこれまで公共の電波を使う立場の人たちが政治的なスタンスをほとんど隠さず発信してきた場面も少なくなかった。

だから今回の件がいまひとつ大きく盛り上がらないのはそれを言う資格があるのかという感情を持つ人が一定数いるからなのだろう。正しいかどうかは別としてそう受け取られている空気は感じる。

もっとも、この話を深掘りすると面倒な方向へ進みそうなのでこのくらいにしておく。

 

それより最近気になるのは熊のニュース。

本当に出没範囲が広がっている。

山間部ならまだしも学校が休校になるレベルで市街地近くまで出てきている。つまり人間の生活圏と野生動物の生活圏が明確に重なり始めているということだ。

 

熊に悪意はない。

彼らはただ生きているだけ。

しかしそれと人間社会が受け入れられるかどうかは別問題だと思う。人間の生活圏に大型野生動物が入り込んだ場合理想論だけでは解決できない。

 

子どもが通学する。

高齢者が散歩する。

通勤や通学がある。

その環境で共存しましょうと言うのは簡単だが実際に事故が起きた時に責任を負う人はいない。

 

結局のところ市街地に出てきた熊は野生動物として対処せざるを得ない。

それは熊が悪いからではなく人間社会を維持するための判断。

人間は人間の生活を守る。

熊は熊の生活を守る。

本来はその境界線が存在していたはずだが近年はその線が曖昧になっているように見える。

 

もちろん山の環境変化や個体数管理など根本的な課題はあるのだろう。

だが現実問題として住宅地や学校周辺に出没した熊を前にした時、多くの人は理念ではなく安全を優先するはずだ。

 

少なくとも私はそう思う。

野生動物を大切にすることと人間の生活を守ることは両立するべきだ。しかし両者が直接衝突した時はまず人間の安全を確保する。それが社会を維持するための最低条件なのだと思う。

理想は大事。

ただ理想だけで熊と向き合えるほど人間も熊も単純な存在ではない。