今日は裁判の傍聴に行った。
もっとも今回は判決だけだったので時間にして10分程度。法廷に入り裁判官が判決を言い渡しそして終わる。文章にすると本当にそれだけ。それなのに妙に緊張した。
判決を受ける本人はもちろんだろうが傍聴席にいるだけの人間ですら空気の重さを感じる。目の前で一人の人生の進路が決まる。その事実が法廷全体を静かに支配している。
映画やドラマでは何度も見た光景だ。けれど実際の法廷は違う。BGMもない。演出もない。派手なセリフもない。ただ淡々と進む。だからこそ現実味がある。
もし時間が許したなら他の裁判も傍聴してみたかった。
人生の中で裁判所へ行く機会なんてそう何度もない。ましてや傍聴席に座る経験となればなおさらだ。考えてみると裁判の審理というのは一本の映画より価値があるのかもしれない。
もちろん娯楽としての面白さではない。そこには実在する人間がいて実際の出来事がありその結果としての責任や救済がある。脚本家が作った物語ではなく現実そのものだ。
だから見終わった後に残る感覚も違う。
そしてもう一つ思った。自分の人生のベン図に重ならない出来事へ触れることは大事なのかもしれない。普段の生活だけでは見えない世界がある。
自分とは全く違う環境。全く違う価値観。全く違う失敗や選択。
そういうものを知ることは単純な知識以上の意味があるような気がする。
だから裁判の傍聴という行為自体がちょっとした社会見学のようでもあり人間観察のようでもありそして自分自身を見つめ直す機会でもあるのだろう。
そんなことを考えながら帰路についた。
ところで6月も中旬だというのに全然暑くない。今年は本当に過ごしやすい。
窓を開けているだけで十分な日も多いし朝晩はむしろ涼しいくらいだ。ただしそれは歩いている時の話。
今日も走ったのだが湿度だけはしっかり夏だった。気温は高くないのに数キロ走っただけで汗だくになる。身体の表面にまとわりつくような空気。夏本番ではないがその予告編くらいは始まっているらしい。
裁判所の静かな緊張感とランニング後の汗だくの身体。
なかなか温度差の激しい一日だった。だがだからこそ記憶には残りそうな気がする。