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恋愛イベント開催中【26/6/12】

昨日は夜に散歩をしていた。

出発前にはちゃんと天気予報も確認した。雨雲はなし降水確率も問題なしつまり安心して歩けるはずだった。ところが現実は違った。

散歩の後半、突然の土砂降り。

ゲリラ豪雨というやつなのかただの通り雨なのかは分からないがとにかく予報にはなかった雨だった。

 

しかも昨日は絶妙な気候だった。暑くない。湿度もそこまで高くない。歩いていても汗をかかない。

せっかく快適な散歩だったのに最後に全身びしょ濡れになって終了である。

どうせ濡れるなら真夏のほうがまだ納得できる。

昨日みたいなあと少しで帰宅だったのにというタイミングで降られると理不尽さだけが残る。

 

しかし本当に腹が立ったのは雨だけではない。小さな虫。

この時期になると必ず現れる。街灯の周りに集まり、顔の前を飛び回り、目や口や鼻への侵入を試みてくる。

おそらくユスリカだ。刺さない。害虫としては比較的無害。理屈ではそうらしい。

だが気持ち悪いものは気持ち悪い。

目の前を大量に飛び回られるだけで不快指数が急上昇する。

さらに厄介なのが蜘蛛の糸。見えない。本当に見えない。

気づいた時には顔面に絡みついている。手で払っても取れた気がしない。

結果としてどこかが痒くなった気がする。

 

たぶん気のせいだ。実際には何も起きていないのだと思う。

しかし一度痒いかもと思ったら終わりである。脳が勝手に痒みを生成し始める。

そしてユスリカ。あれは結局、交尾相手を探して集まっているらしい。

理屈は理解できる。生き物としては極めて正しい行動だ。

だが人間の散歩コースのど真ん中でやる必要はあるのだろうか。

こちらは健康管理の為に黙々と歩いている。

向こうは恋愛イベント開催中。価値観が違いすぎる。

せめてもう少し目立たない場所でやってほしい。

見せつけるな。

 

そんなわけで昨日の散歩は快適な気候に始まり土砂降りで終わりユスリカへの愚痴で締めくくられた。

まあそれでも歩数は稼げた。

雨も乾く。痒みもそのうち忘れる。

だがユスリカお前だけは許していない。

 

短いボーナスタイム【26/6/11】

今日タンクトップから腋毛が豪快にはみ出しているおじさんを見かけた。

別に違法でも何でもない。誰にも迷惑をかけているわけでもない。

ただ嫌だった。それだけ。

 

ちょうどおにぎりを食べている最中だったこともあり一瞬だけ食欲がログアウト。味覚の問題ではなく気分の問題である。もちろん相手に非があるわけではない。向こうからすれば普通に歩いていただけだろう。

それでも人間というのは理不尽なもので「なんか嫌だった」という感情が発生することがある。

今日のそれはまさにそういう類の出来事だった。

 

それ以上でも以下でもない。

ただ嫌な気分になった。それだけの話である。

 

一方で今の気候はかなり好きだ。6月なのに全然暑くない。

湿度も思ったほど高くない。朝晩はむしろ少し涼しいくらい。

エアコンのことを考えなくていいし外を歩いていても不快感が少ない。

最高である。

 

このまま一年続いてくれればいいのにと思う。だが残念ながら経験がそれを否定する。

知っている。毎年これだ。今は快適。

快適だからこそ危険だ。ある日突然スイッチが入る。

昨日まで春だったのに朝起きたら真夏になっている。そして身体はその変化に対応できない。

寝不足になる。食欲が落ちる。妙にだるくなる。

毎年のように繰り返しているのに毎年のようにやられる。

学習能力がないのか気候の変化が理不尽すぎるのかは分からない。

たぶん両方。だからといって今からできることも特にない。

暑熱順化だとか、運動だとか、水分補給だとか、理屈はいろいろある。

でも結局本格的な暑さが来ないと身体は本気で対応を始めない。

未来の自分が頑張るしかない。

 

だから今は、この快適な気候を素直に楽しむことにする。

湿度が低い。風が気持ちいい。エアコンもいらない。

おじさんの腋毛で少し気分は下がったが天気に罪はない。

夏が本気を出す前の短いボーナスタイムをもう少しだけ満喫しておこうと思う。

 

火を消さなければいつかは沸く【26/6/10】

最近お腹の丸みが気になっている。

体重は落ちている。脂肪量も数字上は減っている。それなのに鏡を見ると思ったより変わっていないなと感じる。特に下腹部まわりは頑固だ。

よく内臓脂肪から先に落ちると言われる。理屈はわかる。内臓脂肪は代謝活性が高くエネルギーとして使われやすい。だから減量を始めると比較的早い段階で減少しやすいという話だ。

ただ実際に自分の身体を見ていると疑いたくもなる。本当にそんなに都合よく落ちているのだろうか。

むしろ内臓脂肪も皮下脂肪も同じように少しずつ減っているのではないか。そんな気もする。

 

しかしお腹は厄介だ。

胸や腕は比較的早く変化が出るのにお腹だけは最後まで居座る。数字では減っているのに鏡の中ではあまり変化していないように見える。

だから焦る。そして毎日確認してしまう。

だがそこで思い出す言葉がある。

見つめる鍋は煮えない。

結局これなのだと思う。毎日お腹を見ているから変化に気づかない。毎日体重を見ているから停滞しているように感じる。

しかし3か月前と比べると、ベルトの穴も変わった服のサイズ感も変わった。

変化は起きている。

 

ただ自分が一番その変化に気づきにくいだけだ。正直なところ今の自分に大きなモチベーションはない。減量開始直後のような高揚感もない。理想の身体を思い描いてワクワクすることも少なくなった。

むしろ最近は惰性に近い。食事を記録する。タンパク質を摂る。アンダーカロリーを維持する。歩く。寝る。ただそれを繰り返しているだけ。

でもそれでいいのかもしれない。

モチベーションというのは気まぐれだ。高い日もあれば低い日もある。それに依存していたら長い減量は続かない。本当に頼れるのは習慣だけだ。

歯磨きをする時にやる気を必要としないように減量もいつかは生活の一部になる。

今の自分はその状態に少し近づいている気がする。

やる気があるから続けるのではなく続けるのが当たり前だから続いている。それは決して格好良い状態ではない。

だが長期戦においては案外強い。だから今日も特別な気持ちはない。

 

お腹の丸みは気になる。内臓脂肪が本当に先に落ちているのかもわからない。

それでも食事を整えて、歩いて、寝る。

見つめる鍋は煮えない。

でも火を消さなければいつかは沸く。

今はただその当たり前の事実だけを信じている。

熊と人間の境界線。【26/6/9】

最近のニュースを見ているとどうにも扱いに困る話題が多い。

 

政治の話はなるべく触れたくないのだが首相周りの誹謗中傷問題を見ているとどこか釈然としないものを感じる。

もちろん誹謗中傷そのものは良くない。しかし一方でこれまで公共の電波を使う立場の人たちが政治的なスタンスをほとんど隠さず発信してきた場面も少なくなかった。

だから今回の件がいまひとつ大きく盛り上がらないのはそれを言う資格があるのかという感情を持つ人が一定数いるからなのだろう。正しいかどうかは別としてそう受け取られている空気は感じる。

もっとも、この話を深掘りすると面倒な方向へ進みそうなのでこのくらいにしておく。

 

それより最近気になるのは熊のニュース。

本当に出没範囲が広がっている。

山間部ならまだしも学校が休校になるレベルで市街地近くまで出てきている。つまり人間の生活圏と野生動物の生活圏が明確に重なり始めているということだ。

 

熊に悪意はない。

彼らはただ生きているだけ。

しかしそれと人間社会が受け入れられるかどうかは別問題だと思う。人間の生活圏に大型野生動物が入り込んだ場合理想論だけでは解決できない。

 

子どもが通学する。

高齢者が散歩する。

通勤や通学がある。

その環境で共存しましょうと言うのは簡単だが実際に事故が起きた時に責任を負う人はいない。

 

結局のところ市街地に出てきた熊は野生動物として対処せざるを得ない。

それは熊が悪いからではなく人間社会を維持するための判断。

人間は人間の生活を守る。

熊は熊の生活を守る。

本来はその境界線が存在していたはずだが近年はその線が曖昧になっているように見える。

 

もちろん山の環境変化や個体数管理など根本的な課題はあるのだろう。

だが現実問題として住宅地や学校周辺に出没した熊を前にした時、多くの人は理念ではなく安全を優先するはずだ。

 

少なくとも私はそう思う。

野生動物を大切にすることと人間の生活を守ることは両立するべきだ。しかし両者が直接衝突した時はまず人間の安全を確保する。それが社会を維持するための最低条件なのだと思う。

理想は大事。

ただ理想だけで熊と向き合えるほど人間も熊も単純な存在ではない。

久々の映画【26/6/8】

久々に映画館へ向かう。

 

振り返ってみると5月はいろいろなことがありすぎた。気づけば映画館へ行ったのは二回ほど。以前ならもっと頻繁に通っていた気がするので個人的にはかなり久しぶりの感覚。

もちろん映画そのものも楽しみ。

だがそれと同じくらい楽しみにしているものがある。

ポップコーン。

 

映画館へ行く前から何を観るか考えるようにどのサイズにするか考える。最近はSサイズでも意外と満足できることを学んだがそれでも映画館のポップコーンには特別感がある。

今日は昼食も少し軽めにした。

我慢というほど大げさなものではない。ただカロリーの帳尻を合わせるための小さな調整。ダイエットというのはこういう地味な積み重ねの連続なのだと思う。

 

できることはやった。

昼食も調整した。

だから今日はもう細かいことを考えない。

 

映画を観る。

ポップコーンを食べる。

それでいい。

 

明日は明日でやることがある。家具を見に行く予定だし本当は買うべきもののリストも整理しなければならない。ベッドまわり、収納、細かい生活用品。引っ越しが近づくにつれて考えることはどんどん増えていく。

ただそういうタスクは明日の自分に任せることにした。

未来の自分は意外と何とかする。

少なくとも今までだってだいたいそうだった。

だから今夜くらいは先のことを考えない。

 

目の前のスクリーンと上映前の少しざわついた空気と紙の容器に入ったポップコーン。

とりあえず今日はそれだけで十分。映画が終わった後のことはその時の自分が考えればいい。今は久しぶりの映画館を楽しもうと思う。

雨と、月曜日への予感【26/6/7】

昨日は朝から東京競馬場にいたせいか日曜日の今日は朝から妙に眠かった。

なんとかいつも通りの時間に起きて朝食だけは食べに行ったものの帰宅した瞬間に電池が切れたように昼寝へ突入。気づけばかなりの時間が経っていてG1も見逃していた。

まあそれは別にいい。競馬はまた来週ある。

 

それよりも引っ越し準備のほうが待ってくれない。新居へ少しずつ荷物を運び込まなければならないので車に荷物を詰め込んで出発した。するとこういう時に限って雨が降り始める。

まだ何もない新居へ到着し段ボールや細々した荷物をひとつずつ運び込む。家具も家電もなく生活感がまるでない空間だが荷物が増えるたびに少しずつ住む場所らしくなっていくのが面白い。

もっとも駐車場の契約が終わっていないので車を近くに停められずそこそこ歩かされる。引っ越し作業というよりちょっとした有酸素運動だった。ダイエット的には悪くないが作業としては正直面倒くさい。

 

荷物を運び終えた後は家具のサイズ確認や配置の検討。マスキングテープでベッドや机の位置をバミりながら「ここにベッドを置いて」「ここにデスクを置いて」と未来の生活を想像する。図面を眺めていた時とはまた違い実際の空間で考えると発見も多い。

ひと通り終わって帰路につく頃にはなんだかもう一日分働いた気分だった。雨の中を運転しながら今日は結構頑張ったなとぼんやり考える。

昼寝をし、荷物を運び、採寸をし、また雨の中を帰る。振り返ると密度だけは妙に高い日曜日だった。

 

不思議なのはこれだけ疲れているのに眠気が来ないことだ。身体は確実に疲労を訴えているのに頭だけが妙に起きている。こういう状態はあまり好きではない。なぜなら明日は月曜日だからだ。

仕事もある。引っ越しもまだ終わっていない。やるべきことはちゃんと残っている。だからこそ少し怖い。日曜日の夜特有のまだ何も始まっていないのに明日だけは確実に近づいてくる感覚。あれは何歳になっても慣れない。

 

もっとも、心配したところで月曜日は来る。

ならば今日はもう諦めて「まだ終わっていない日曜日」を過ごすしかない。月曜日のことは明日の自分に任せよう。今日はそれなりによく動いた。少なくともそのくらいの言い訳は許されるはず。

競馬【26/6/6】

今日は東京競馬場へ行ってきた。


そして結果から言うと――


大勝ちだった。


やったね。


もちろん競馬なので、たまたま流れが良かっただけかもしれない。それでも馬券が当たると素直に嬉しい。レースを見ている時の高揚感も含めて、かなり楽しい一日だった。ただ、今回一番印象に残ったのは馬券の結果ではない。競馬場そのものだった。

 


正直、行く前はもっと年齢層が偏っているイメージを持っていた。昔ながらの競馬ファンが大半で、場内はもっと殺伐としているのだろうと勝手に想像していた。


実際に行ってみると全然違う。

若い人もいる。

友達同士で来ているグループもいる。

カップルもいる。

そして驚いたのは家族連れだ。

 


子どもが芝生を走り回り親がレースを見ている。公園のような雰囲気の場所も多く競馬に興味がなくても普通に休日を過ごせそうな空間になっていた。


むしろ「競馬場」というより大規模なレジャー施設という印象のほうが近い。

食事も思っていたより良かった。


イベント会場価格で何でも高いのかと思っていたが、意外と普通だった。もちろん安いわけではないがこういう場所ならこんなものだよねという範囲に収まっている。

 


そして何より、レースが始まる直前の空気がいい。

スタート前のざわめき。

ゴール前の歓声。

馬券を持っている時の期待。

 


持っていない時の気楽さ。

あれは現地でしか味わえない。

テレビで見る競馬と、現地で体験する競馬はかなり別物だと思う。

 


競馬そのものも面白かったが、それ以上に一日遊べる場所として普通に魅力があった。

だから帰る頃には「また来てもいいな」ではなく「また来よう」になっていた。

 


もちろん今日勝ったからそう思っている部分もある。

もし全敗していたら違う感想になっていた可能性は否定できない。


だがそれを差し引いても東京競馬場は想像以上だった。


芝生は広い。

施設は綺麗。

食事もある。


レースは盛り上がる。

そして馬は格好いい。

 


競馬に興味がある人はもちろん興味がない人でも一度行ってみる価値はあると思う。


少なくとも今日の私は競馬場=ギャンブルの場所という昔のイメージを完全に上書きされた。

 


そして何より。

勝った日の競馬場はやっぱり最高だった。