スクワットという種目の残酷さとその見返りとしての強烈な疲労感。
トレーニング直後からすでに神経が悲鳴を上げているのがわかった。階段を昇るたびに膝が笑い自分の意思とは無関係にガクンガクンと力が抜ける感覚。それは単なる筋肉の限界というより脳から脚への指令系統が一時的に焼き切れたような、中枢神経系の疲労そのものだった。
朝、意識が浮上する前から布団の中で身体の重さを感じて覚悟が決まっていた。案の定脚はボロボロでまともに歩くことすら億劫な一日が始まった。
今日は徹底的に怠惰を極める日となった。
寝て、起きて、また眠る。その合間にゲームを挟み再び眠りの底へ沈んでいく。この自堕落なループを享受する時間は一見すれば非生産的に思えるかもしれない。しかし高強度のスクワットで破壊された筋線維と酷使された神経系を繋ぎ直すためにはこれほどまでの虚無が必要。生物としての修復作業は静寂の中でこそ加速する。
昨日「追い込みが足りない」と漏らした言葉は一夜明けて見事に回収された。階段で膝がガクつくほどの反応が出ているのはトレーニングの強度が正しく設定されていた証拠。このボロボロの感覚こそが停滞していた肉体を再び伸びしろの領域へ押し戻したという何よりの領収書に他ならない。
今はただ重力に身を任せて横たわる。何も生産しないこの時間が実は明日の出力を最大化させるための最も重要な工程になる。怠惰であることをこれほどまでに肯定できるのは昨日の自分が限界の先にあるガクンガクンまで辿り着いたからだ。この痛みが静まる頃、肉体はまた一段階強固なものへと書き換えられているはず。