あるコスプレイヤー氏の一連の振る舞いを目にすると胸の奥からドス黒い怒りが湧き上がってくるのを抑えられない。それは単に規約を破ったという表面的な問題ではない。 クリエイターへの敬意や文化の守護という美辞麗句を盾にしながらその実自らの承認欲求のためにコミュニティの土壌を焼き払うその圧倒的な誠実さの欠如に対する嫌悪感。
彼女の最大の罪は極端な「ダブルスタンダード」にある。公式素材の無断利用や万博という公共の場での許可なきキャラクターグリーティング。これらは版元が最も懸念するリスクでありファンが大切に守ってきた節度を根底から覆す行為。
口では「文化を守るために寿命を使いたい」と語りながら行動ではその文化の寿命を縮めている。自身の規約違反を指摘されれば「表現の自由」や「法律違反ではない」と居直り他人の些細なミスは正義の剣で切り捨てる。その身勝手な論理はもはや子供の我儘と大差ない。
さらに質が悪いのは彼女がファンと公式の通訳者を自称し政治家や行政にまで働きかけている点。長年培ってきた書かれていないことの美学や察する文化。公式に直接は問えないグレーな部分を各自が節度を持って楽しむことで成り立っていた平和な空間。彼女はそこへ土足で踏み込み明文化されていないから好き放題してよいと暴れ回った挙句「だからルールを明確にすべきだ」と公式に迫る。
これは救済ではなく強制的な管理社会への誘いだ。彼女が望む明文化の先にあるのは、自由なファン活動ではなくがんじがらめに縛られた不自由な檻でしかない。
批判者をアンチや加害者の集団心理としてレッテル貼りし自分を悲劇の被害者に仕立て上げる手法も極めて巧妙だ。正当な危惧を抱く一般のファンに対しエゴサーチで直接食ってかかり自身のフォロワーに攻撃させる。そうして異論を封殺しながら「炎上はチャンスだ」と嘯く。
彼女が通り過ぎた後には厳格化された規約と互いに監視し合うギスギスした人間関係、そしてもう黙って楽しむことすらできないのかというファンの諦念しか残らない。
「クリエイターを守る」という言葉が自らの名を売るための燃料に使われている。愛する作品が個人の野心を満たすための道具に成り下がっている。そんな人物が界隈の代表のような顔をしてのさばっている現状は文化に対する冒涜と言ってもいい。
守りたかったのはこんな殺伐とした焦土ではないはずだ。焼け野原に変えられていくファン文化を前に深い悲しみと消えることのない激しい憤りを2026年2月の夜空に刻んでおく。